リーン!リーン!リーン!
今日は目覚まし時計の機械音で目がさめた。
会社を定年退職して、家でぶらぶらするようになってからは、長年愛用していた目覚まし時計のお世話になることも無かったが、今日は四国へ向かう日ということで、久しぶりにセットしておいたのだ。 家内はというと、昨日から準備に余念が無く、今日もすでに起き出して何やら忙しくしているようだ。
「お遍路さん」という言葉を以前耳にしたことがある。
弘法大師空海の足跡のようなものを、幾日もかけて廻るというものらしい。過去には有名政治家が坊主頭で回っている姿を新聞で目にしたことがある。
お遍路さんの知識はこの程度しかないが、この年になると妙に心がそそられる言葉でもある。
八十八箇所のお寺をまわりながら、自分の人生を振り返るもよし、これからの人生を見つける旅にするもよし、単なる夫婦旅行でまわるもよし、とにかく肩のこらない旅をしたいと思いついたのがお遍路さんの旅なのである。 これまで仕事で全国を飛びまわり、北は北海道・稚内から南は沖縄までを忙しく移動してきたが、不思議なことに四国はまったく無縁な土地である。
そんな私達が、四国へ、ましてやお遍路さんなどという右も左もわからない旅へ出かける事となり、さぞや周到に計画された旅なのだろうと娘達は思っているようだが、実はまったくの思いつきなのである。 旅行雑誌の片隅に載っていた「歩き遍路体験ツアー」なるものを目にし、家内と二人でとっていた夕食の合間に、「これ行ってみない」と何気なく問いかけたところ、 「そうねー、このところ運動不足だし、四国も行ったことが無いから、知らない土地を二人で歩くのもいいかもね!」という軽い返事で決定したまでなのである。
申し込みから準備まですべては家内にお任せで、私がしたことといえば、運動靴を買いに近所のスーパーまで車を走らせたことだけである。
「お父さん。早くしないと飛行機に乗り遅れるわよ!」という家内の言葉に促され、錆付いた体を布団から抜け出させた。
春の陽気に誘われるように、多摩川沿いに建つマンションのベランダにも小鳥達が一時の休息を求めにやってきている。
これからの2泊3日の旅の前途に幸あれと願うばかりである。
12時40分羽田空港発 JAL○○○○便 徳島空港行 14時00分着
初めての四国。
快晴とまではいかないまでも、春の日差しはやっぱりまぶしい。都会の空気と違い、どこまでも澄み渡っているといった感じがし、1回、2回と深呼吸をしてみた。 やっぱり四国なのだ。
こじんまりとした地方空港の到着ロビーは、迎えの人たちで混雑をしている。 私達が申し込んだツアーの人が、隅っこのほうで案内看板をもって出迎えてくれていた。
今回のツアーは「歩き遍路体験ツアー 2泊3日コース」で申し込みをしておいたのであるが、空港からお寺、お寺から宿舎の送迎はもちろんのこと、お遍路さんの衣装や、歩く距離を計測できるようにと万歩計、そして、簡単お遍路マップなるものまでツアー料金に含まれている。 四国初めて、お遍路初めての私達には願ってもないツアーなのである。
今回、お遍路さんに出るということで、色々な旅行会社のプランを問い合わせてみたが、どれも一長一短で、私達のようなぶらり二人旅のようなまったくのビギナーお遍路さんにとっては、団体のバスツアーへの参加ははばかられるし、かといってタクシーでまわるというのもお遍路さん気分でもないし、「日頃の運動不足解消にはやっぱり歩きよね!」という家内の言葉も無視できず、最終的に決めたのが今回のプランなのである。 「大岡様ですか?」と、満面の笑みを浮かべて近寄ってくる人が、今回お世話になる宿の係りの人で、出発前に何度も電話をいただいき、準備するものや当日の服装などについて丁寧に教えていただいていたので、初対面という気がしない。そういえば、予約確認書とともに案内する人の写真が同封されていた。
ひととおりの挨拶を済ませると、空港内の控室へ案内されて、いざ、お遍路衣装へと大変身。いくら一寸かじりのお遍路さんまがいといえども、格好だけでもお遍路さんを気取らないとやっぱり気分が乗らない。
白い衣装に袖を通し、杖を持てば、立派なお遍路さんの出来上がり。
専用車に乗り込みいざ出発!
空港から目的地の1番札所霊山寺へは20分ほどで到着する。
田舎道を車で走ると、時折、梨畑やレンコン畑、芋畑に遭遇する。
「住友さん、あれ芋畑ですよね?」という私達の質問に、「そうですよ。徳島は金時いもが有名なんですよ。今日の夕食にも出ると思いますよ。」と、答えてくれた。 旅の楽しみはなんといっても、土地の美味しいものをいただくことだと私は思っている。今回の旅の目的の一つに、鳴門鯛を食べることがある。春の鳴門鯛をしゃぶしゃぶでいただくことができるそうで、夜の食事が待ち遠しい。
そうこうしていると、目的地霊山寺へ到着。都会で思い描いていたのと少し違う印象を受けた。 もう少し荘厳なイメージを抱いていた私には、少々拍子抜けの感がある。
この四国には何があるのだろう?
人々をひきつける何がこのお遍路道にはあるのだろう? 私の今回の旅の目的に、お遍路さんの魅力探しが新たに加わった瞬間である。
春のシーズンということもあり、団体バスで参拝する人たちやら、バイクで回っている壮年ライダー達やら、自家用車で回っているご家族やらで、お寺の入口辺りはにぎやかな雰囲気をかもし出してる。 その中に混じって、これから歩き遍路に出発しようとしている若者のグループが私達の目をひきつけた。
男女合わせて7・8名のグループで、思い思いの格好に身を包み、背中にはバックパックを背負っている。 いかにもお遍路さんらしくないグループだが、手には金剛杖を持っているので、一目でお遍路さんだとわかる。
これからの行程の行く先々で縁がありそうな予感がした。
送迎していただいた住友さんより簡単に注意事項やらこれからの日程やらを聞いた後、いざ1日目の遍路へと出発することになった。
25年間連れ添った家内を旅の道連れに、私達の自分探しの旅の始まりである。
1番札所でいわゆるお遍路さんとしての儀式を済ませて、2番札所極楽寺へと足をすすめる。約1.5キロの田舎道を家内と二人で無言で歩いた。春の四国路をゆっくりと歩く。 何も考えずに歩く。その間約25分。家内をいたわり、いたわられながらの歩き遍路の道。
極楽寺の山門辺りで先ほど見かけた若者のグループが記念写真を撮っていた。
彼らを歩き遍路へといざなったものは何なのだろう?
「おじさん、シャッター押してくれませんか?」と、礼儀正しそうな若者が、近寄ってきた。8人の若者が山門の前で勢ぞろいし、一斉に指を二本たて、vサインをこちらへ送る。 それにあわせて、1+1は2と大声で叫ぶ。
彼らの屈託のない笑顔とお遍路という取り合わせに妙に納得してしまった。
霊山寺から極楽寺、そして、3番札所金泉寺へと続くお遍路道は約4.2キロあり、歩く時間にすればほんの2時間程度であるが、飛行機に揺られて遠方までやってきた疲れが、体全体を包み込む。 空港で住友さんから渡された万歩計は1500という数字を示していた。
1日で歩く数字としては、日頃とあまり変わらない数字だけれど、場所と雰囲気が違えばまったくちがう。 お遍路体験1日目としては、十分すぎるほどの体験をしたように思う。
宿よりの迎えを待つ間、若者達とたわいもない話をした。
彼らは、安い遍路宿に泊まるか、テントで野宿するかは決めず、成り行きに任せて1400kmの行程を、ただひたすら歩くそうだ。 日頃接することもないような若者と触れ合う時間を持てることも、この旅の魅力なのかもしれない。
宿よりの迎えの車に乗り込み、1日目の帰宅の途についた。
お遍路体験2日目の朝。
お遍路さんの朝は、6時の起床から始まった。
昨日の旅の疲れも思ったほどは残っておらず、少々軽めの朝ごはんをとった後、早速、身支度をしてホテルを出発した。 送迎車の道中、運転手さんとたわいもない話で時間がすぎるが、これもまた、このツアーならではのように感じた。 四国においてはお遍路さんはなんら特別な存在ではなく、ごく当たり前の風景として写しこまれているようである。
『行ってらっしゃい。お気をつけて。また夕方お迎えに参ります。』という何気ない言葉に励まされて、いざ20km心の旅の一歩を踏み出した。 4番札所は大日寺というのどかな里山の風情が漂う田舎のお寺である。
南無大師遍照金剛!
四国路をゆっくりと歩きながら行交う人々を観察してみても、お遍路さんの旅の魅力がまだまだ見出せないでいる。 同行二人、弘法大師と人生を振り返るほど年齢を重ねているわけでもなく、まだまだこれからの人生に思いを馳せている自分にとって、今日一日、何を見、何を聞き、そして、何を思いながら歩くのであろうかと、不思議なほど客観的に自分を見つめている。 発心の道場の玄関口に立った現在の正直な気持ちである。
家内は昨晩ホテル内の岩盤浴に入り、これまた初めての体験に少々興奮気味である。
『ねえねえ、お肌がすべすべになったわよ。』
『女性専科だから男性のあなたは入れなくて残念ね!』
などと、少々憎まれ口をたたきつつ、旅の疲れか、あっという間に床についてしまった。
朝起き掛けに足が痛いといっていたが、いざ出発すると私よりずっと元気なのに驚かされる。やはり、女性のほうが生命力があるのかもしれない。
『同行二人』とは弘法大師と一緒に歩くということらしいが、私はというと『同行三人』ということになる。
4番札所から5番札所へは約2kmの緩やかな下り坂が続く。
黙々と歩く私に対して、家内は見るものすべてに反応して、『ここのお店レトロよねぇ』とか、『あの家、歴史が一杯詰まっていそうよねぇ』とか、話しかけてくる。 時には、到着時点で渡された万歩計をチェックして、『あら、まだ1500歩しか歩いてないわ。あなたは何歩になってる?』とかいいながら、でも、とても楽しそうに歩いている。 今日は夕方の5時まで歩き続けるので、この調子がどこまで続くのかと少々心配ではあるが、爽やかな日差しの下、家内と二人で外をゆっくり歩くということもこれまではしてこなかったのだから、今日一日ぐらいは家内のペースで過ごしてみようと思っている。
4番大日寺、5番地蔵寺、6番安楽寺、7番十楽寺と巡拝を済ませた辺りでお昼になっていた。そろそろお昼にしようと本堂の傍らにすわって、ホテルでいただいたお弁当を取り出した。藁であまれたお弁当箱は、決して豪華ではないが、お遍路さんの雰囲気を味わうにはぴったりである。これも、このツアーの演出なのだろう。 中身もいかにもというものが詰められていた。
海苔でまかれたおにぎりと、塩だけで握られたおにぎりと、たまご焼きと沢庵と竹ちくわ。
お寺の隅に咲く花を眺めながら、澄んだ空気をおかずにおにぎりをほおばることなど、子供のとき以来かもしれない。飽食の時代を生きる現代人にとっては、このシチュエーションでこのお弁当を食べるということが、逆に贅沢に思えるのが不思議である。
お昼を済ませ、ゆっくりとした時間をすごしていると、ご住職さんが話しかけてきた。 お寺の歴史や遍路旅の心がけや歩き方をゆっくりとした語り口でお話になる。 修行を詰まれた方のお話には、私とは違ったどこか重みのようなものが感じられる。
『ゆっくり自分のペースで仲良く歩くことが、お遍路旅を続けるこつですよ』と、教えてくれた。仲良くという言葉は、ここ数年意識もしなかった言葉だ。 ここでも『同行三人』が思い返された。
これからの人生を『仲良く』を合言葉に、ゆっくりと歩んでいきなさいということなのかもしれない。
十楽寺の山門前で菜の花畑を目にした。
春を感じさせる光景にしばらくたたずんでいると、昨日出会った8人組の若者達が思い思いの格好で遍路を続けている姿が目に飛び込んできた。 彼らもまた、同行九人の旅を続けているようだ。
『おじさんたち元気?』
『私達昨日は野宿したから、今日はゆっくり目で歩いているの。』
『おじさんたちあまり飛ばしすぎると体壊しちゃうよ。』
などと、屈託なく話しかけてきた。
旅の情報交換を行っている人たちの光景をよく見かける。 旅の醍醐味である人とのふれあいが、この四国の中においては当たり前のように残されている。 同じ道のりを歩くということに一体感を覚え、より親しみがわくのだろう。
日頃接する事のない若者に、『おじさん』といわれることに対する抵抗感が感じられないのも不思議である。
彼らは、東京から春休みを利用して四国を廻ろうということで、歩き遍路を思いついたのだそうだ。 はじめは3人で廻る予定が、人伝いに8人までグループが増えたとのことで、人が増えるとその分大変さも倍、3倍に増えるとリーダーらしき若者が嘆いていた。 特に、一人だけ女の子が混じっているようで、男だけのグループの時のように、行き当たりばったりというわけには行かないようである。 組織に生きることの大変さは、この何十年間肌に沁みているので、彼の苦労が手に取るようにわかる。 それだけに、この8人には最後までチームワークを崩すことなく、四国路をゴールまで歩ききってもらいたいと願うばかりである。
彼らとは20分ほど情報交換をした後、私達は2日目昼の部をスタートさせた。
小高い山の中腹にある熊谷寺までは約1時間の道のり、そして、のどかな田畑が広がっている中、ゆっくりとした下り坂を約40分ほど歩くと9番札所の法輪寺がある。 そろそろ、疲れてきた頃でもあり、門前にあるお店でくさもちをいただいた。 1個100円の草もちを口いっぱいにほおばると、田舎くさい四国のにおいが口いっぱいに広がった。 『都会の喧騒』と『田舎の静けさ』が頭の中で駆け巡り、ひと時の田舎人体験の心地よさに浸っている。 少々ぬるめのお茶で口の中の甘さを洗い流し、普段、味わうことのない田舎時間を堪能したあと、最終目的地へ向けてゆっくりと歩を進めた。
法輪寺から切幡寺へはこのツアー最後の難関である。
約4キロの道のりを歩いた後、『遍路なかせ』といわれる333段の階段を登らなければならないのである。 そろそろお天道様が西の空へと傾きかけている夕暮れ時に、この階段は本当の意味での試練を私達夫婦に与えているようである。 杖を使い、ゆっくりゆっくりと前へ進み、時には、後ろを振り返りながらの遍路旅は、これからの私達の人生にどのような変化をもたらせてくれるのだろう?などと難しいことを考える余地を与えることのない333段の階段を、後になり先になりながらようやく踏破した。 歩ききった達成感とか、征服感などという冒険家のような気持ちにはならないが、この1日何とか無事に歩くことができたという安堵感は、確かに味わえた瞬間でもあった。
最後の10番札所をお参りした頃には、予定の時間どおりとなっていた。
2日目も無事終了し、本堂から山門へと降りてくると、ホテルの迎えの車が待機していてくれた。 住友さんのお疲れ様の声を聞くと全身の力が抜け、家内と二人で車へと体をすべりこませ、私達夫婦を時には厳しく、時にはやさしく迎えてくれた四国路に感謝をしながら、ホテルへの帰途に着いたのである。
朝7時過ぎに出発したお遍路ツアーも17時には終了した。
住友さんの迎えの車でホテルまで帰ってきたが、今日一日の行程を車中で思い返してみるが、色々なことがあったような、何にもなかったような、不思議な時間が流れたように感じる。 お遍路さんの魅力について考えをめぐらせて見ても、ここがこうという確固たるものがなく、大勢の人をひきつけてやまない理由は結局のところわからないままであった。 しかし、宿に帰り、お風呂に入り、夕食をいただき、部屋でゆっくりと夫婦二人でテレビを見ていたときに、『次はいつ廻ってみようか?』などと、どちらからともなく話が出てくるぐらい、お遍路体験が身に染み渡っていることだけは確かなようだ。
3日目は自由行動。
『11番に行く?』
『それとも朝はゆっくりして、徳島市内でも観光する?』
などと話をしながら、2日間で撮ったデジタルカメラをチェックした。
宿の担当者・住友さん、8人組の若者、色々な話をしてくれたご住職、団子をいただいたお店の奥さん、333段を競争しながら登った老夫婦など、今回の旅行を楽しく彩ってくれた人々をもう一度見返しながら、webサイトに載せる写真を決めて一日を締めくくった。 このプランには、家に帰ってからも想い出を参加者同士で共有できる様にと、専用のホームページが開設されていて、帰京してからも四国を忘れないための仕組みづくりがなされている。 また、次の機会にも四国へということなのだろう。
『歩き遍路お試し宿泊プラン』を通して歩き遍路の入り口へ立たせていただいた。
まさしく、『発心の道場』そのものである。
今回の旅行が、決してこれまでの旅行と何かが違うとか、格別に心に残るといったものではないが、しかし、決してこれまで以下でもなかったことだけは確かである。 四国にある何か、お遍路道にある何を発見するためには、次のステージ『修業の道場』、『菩提の道場』、そして、『涅槃の道場』へと歩を進めなければその答えは見つからないのかもしれない。
(完)








